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すごく真っ当な映画です「銀色の髪のアギト」

今年最初の劇場アニメは、ユナイテッドシネマ長崎で見てきた、GONZO初のオリジナル劇場映画 『銀色の髪のアギト』。

*映画なので、以下テキストだけの評で長くなりますが、お暇ならば、お付き合いくださいませ。

劇場予告以外は前情報なしだったので、下手したら、もったいぶってるけど、中高生用のそれなり程度の映画かなと危惧してましたが、OPクレジットで飯田馬之介:原案というのを初めて認識しました。
だったら、けっこう期待はできるかなと思いながら見ましたが、総評としては「すごく真っ当な映画」と感じました。

最初、キャラが少し丸っこい子供向けの画かなと感じましたが、荒廃した地球で逞しく生きる子供達という導入部の動きある画を上手く見せられていくうちに、あまり気にならなくなりました。それどころか、後半では、これがけっこう各キャラ、いい表情を見せる画作りに仕上がっていました。

設定は公式HPやバンダイHPで見ることができるし、ストーリーを語るのは野暮なので、少し気になる点を上げてみましょう。

現在、世界に認められるアニメ監督の方向性って、宮崎駿大友克弘押井守が代表だと思うんですよね。(他にも、まだ素晴らしい監督さんはいらっしゃいますが)
押井守は完全に独自の世界に行っちゃって(地平の彼方に到達して)る。
大友克弘は画作りはともかくで良いのですが、作品としては(スチームボーイなど)完全に勘違いしている。
で、やはり日本人の感性に合うのが宮崎駿ということになるのでしょうが、今回のGONZOのこの作品、大きな方向性では(過去の)宮崎駿の向いているベクトルに近いものを感じました。

科学文明の過ちによる荒廃した地球と異常に見える自然環境。

人類を侵食する自然と、そんな自然に対抗する文明と、自然を受け入れてあるがままに共に生きようとする人々。

そんな大地でも逞しく生きる主人公の少年。(冒頭のアギトの生身の身体での躍動感あふれる動きなど)

世界の鍵となる少女は健気に見えるが、守られるだけの弱い存在でなく、自分の意思をしっかりと持って行動する。(ステイフィールド=コールドスリープ?から目覚めたトゥーラが迫り来る激流から自分自身の身体を動かしてアギトとともに脱出したり、物語の後半でイストーク=環境再生プログラムを自らの手で止めようとしたり)

エッセンスだけだと、宮崎駿の「コナン」、「ナウシカ」(時代や舞台設定をのぞけば、「もののけ姫」も)を見るようです。
こういうストーリーの場合、レイアウトが似通ってくるのは仕方ないことでしょうが、かといって、それが、この作品の評価を落とすわけではありません。
わかりやすい配置と、主役から脇役まで、それぞれの想いを込めて行動し、行動で己の想いを語るキャラ。
そして、正面からきちんと描かれるストーリー。

中高生用というより、世界設定や背景の理解は少し難しいかもしれませんが、良質のジュブナイル(ライトノベルの方が通りがいいのでしょうが、その語感は特にSF&ファンタジーに限って言えば、あまり好きになれないんですよね)として、小学生中学年~中学生にきちんと見てもらいたい作品だと思います。
優れたジュブナイルは大人の鑑賞にも堪えるのですよ。

ただ、スレた身としては、展開にもう一押し足らないところが、自分の中では名作・傑作ではなく、「すごく真っ当な作品」と評したわけです。
その足らずのところがあれば、もう一段階上の良質の作品になったと思いますが、これは時間的(映画の尺の)制約か、それとも、GONZO初のオリジナル劇場作品のためか、押さえるべきところは押さえても、あまり余計なことは詰め込まないところで着地させたのではないかとも思うのです。
それでも、制作側が、この作品に正面からきちんと向かい合って作ったであろうことは画面から十分感じられ、それが「すごく真っ当な作品」=いい作品になったと思います。

邦画みたいにヘタれるわけでもなく、ハリウッドみたいにハッタリで押し通すわけでもなく、全体としては、アクションシーンはありながらも、バカバカしい派手な演出ではなく、どちらかというと落ち着いたトーンで清清しく語られる物語という印象です。
約100分(圧縮なしでDVD二層に入る時間ですね)の中での構成もうまく、退屈になったり、眠くなる流れではありませんでした。
子供達(少年少女)が自分達の考えでしっかり行動し、それを見守り支える大人たちが表に出なくとも、しっかり大人の役割を果たしている。そういうところも感じられました。

いやいや、町を守るために、飛んでくる岩の破片を己の力=素手で(強化体なので可能ではあるのですが)打ち砕くハジャンは渋いです。
こーいうオヤジを見るだけでも価値はあります。(^^

また、植物と同化したアギトが自分の内面で、先に植物と同化していた父親と出会い道を示される(自分の内面と語ることで道を見出したのかしれませんが)シーンで表現される、親から子に託され、繋がれる想いに、めっきり涙腺ゆるんでいる身としては、思わずじんわりきてしまいました。
子としての想いがわかる時代もとうに過ぎ、親としての想いもわかる(と思っている)年齢でもありますから。
アギトが父親と出会った内面は、ユングで言うところの『普遍的無意識』に近い領域にあるところでしょうか。
自分の中の個人的無意識での問いと答えではなく、世界にあまねく繋がる普遍的無意識で共有する想い。その『原型』は生命だと思うのです。

音楽もKOKIAのOP/EDも作品にあってて、すっごく良かったと思います。
劇伴演奏は、アニメでもけっこうお世話(「ファフナー」や「ジャイアントロボ」など、他にもありますね)になっている『ワルシャワフィル』。雄大で壮大な音楽です。
せっかくのEDもラストのクレジットロールでしか使われないことが多い中、「アギト」ではエピローグに合わせてEDが使われていましたので、これだったらED冥利に尽きるってものです。(実は、ここらへんも「ナウシカ」に見えてしまうところではあるのですが ^^;)

ただ、そのエピローグでのカットも、足らずと感じた部分の一つでもあるのですが、文章も長々となりましたので、その辺は、他の点と合わせて、次の原稿で書いてみたいと思います。

PS.森の意思を伝える双子のベールイ、ゼールイって、響鬼の童子と姫かと思ってしまいました。そー思いません?(^^;

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