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しにがみのバラッド。 #1「きみのこえ。」

望月智充監督ですか~。

うーん、彼の作品は見る分には、びみょーに相性わるいとゆーか、なんてゆーか。
たいがいストレートな話でなく、完全な曲球でもなく、芯から半球ずらしたところを狙われるから、流して見てると普通のなんてことないシーンが淡々と流れていくことが多いんですが、いつも何やら不思議な感覚が・・・。

大げさなハッタリで作る方でなく、見逃しやすい間とか、ちょっとした表情、仕草などで日常にあるシーンや感情を丁寧に描きつつ、そこから半歩ずらし た非日常を絡ませることで、対比的に浮かび上がってくる日常の大切さを優しく包み込むように語ってくれるという感じを持つんですが・・・いかがでしょう?
だいたいサンライズ勇者シリーズのダグオンを演ったというのが彼の経歴からすれば異色な感じがするんですが、そーいえばダグオンも等身大のヒーローの高校生を、しっかりと描いてましたね。

今回の作品は、監督だけでなく、音響監督も務めているということは、短期シリーズだからできるのでしょうが、画づくり、音づくり、役者の演技まで含めて、全て自分の作品としてフィルム作りをする、まさに望月作品となりそうですね。
#1~#2話とも自分でコンテ切ってますし。
なにせ、アニメの監督は音響監督を通じてしか、音入れの役者の演技指導もできないシステムだそうですから、音響監督も自らやるということは、自分の思うところの演出を全てフィルムに反映するつもりでしょうか。
単に予算の都合で、自分がやるしかなかったということだったら何ですが・・・。(^^;

さて、望月論になっては何なので、#1話の方ですが、やっぱ不思議な感覚です。
描かれているのは、小学校の男の子と女の子のお話。
小学5年生というのがいい設定ですね。
公太が半ズボンだし(^^;)、小6では中学生を前にして少年少女に入り始めているし、小4では子供だし。
子供と大人の間という表現はよくありますが、それよりも、もっと微妙で淡い、子供から少年少女へ移る時間にいる者の物語という感じがよく出てます。

01kouta 病弱な幼馴染の麻衣のことを気遣い、毎日一緒に登下校する公太・・・本当は友達とも遊びたいけど、麻衣からそれを勧められると強がりをしてしまう公太。

01saiki 理由は知っていても、遊び友達のつき合いが悪いことで公太を冷やかす友達の斎木・・・本当は仲たがいなんかしたくないので、気まずそうな顔をしながらも公太に宿題を見せる斎木。

公太の気持ちは嬉しいけれど、逆に公太の事を思うと、友達とも仲良くしてほしい麻衣・・そんな公太に守ってもらってばかりの自分が守れるものとしての存在の子猫。01mai01
そして、公太と斎木が仲直りして、一緒にサッカーをすることを告げにきたとき、公太に心配させまいと笑顔で送り出しながらも、公太の姿が見えなくなった後に寂しげな表情をする麻衣。

それぞれが子供の単純な心理でなく、自分の感情とともに、相手のことを思いやる複数の複雑な気持ちを抱えながら生きている人間らしいところが描かれています。

そして、子猫を寺の境内で一緒に育てようとする自分を「お母さん」と呼び、公太のことを「お父さん」と呼ぶ麻衣。それは、子猫は私たちの子供みたいなものだからだと。

たしかに、女の子って、突然こんなこと言ったりしますよね。
男の子はとまどうばかりですが。(^^;
子供の頃の精神の発達は女の子の方が早いものですし。

01kouta01 また、病弱な自分を謝る麻衣に「それでも麻衣は麻衣だから」と照れながら言う公太。
そんな公太の思いやりがうれしくて手を繋いでくる麻衣。
いきなりの恥ずかしさに、子猫が見てるからとあわてる公太。
01kouta02 お父さんとお母さんだから、子供に見られても平気と答える麻衣。そして、ちょっとだけだからと。
とまどいながらも、ちょっとだけならと答える公太。
それに、はにかむように「ありがとう・・・」と言う麻衣。

こんな男の子と女の子の、まだ淡い恋とも言えない恋心もうまく表現していると思います。

しかし、これは泣き虫のやさしい死神のお話。
死神は亡くなった人の魂を運ぶのが仕事・・・公太をサッカーに送り出した後、お寺に子猫の面倒を一人で見に行った麻衣は、突然降り出した雨に打たれて、亡くなってしまいます。
01mai02自分は雨に打たれながらも、子猫が寒がらないように、自分のハンカチをかけてあげた後に・・・。
喘息は大人でもツラいらしいですが、まして子供は呼吸器が弱いから、雨に打たれたことによる肺炎か呼吸不全でしょうか。

01kouta03この麻衣の亡くなる直接のシーンを見せずに、間接的に表現しているところも良いです。
雨の降る中、まだ家に帰っていない麻衣を捜す公太。
01kouta04 雨の降る街に響く救急車のサイレンの音。
そして麻衣を捜す公太が見たものは麻衣の家の前から走り去る救急車。
数日経ったのか、雨の日の紫陽花。
登校した公太が見るのは、麻衣の靴がない下駄箱。
麻衣の机の上の花。(これはわかりやすいですね)
01ajisai 01kutu 01flower




直接的な表現でなく、公太の目を通しての表現が、自分の手の届かないところでの麻衣の死に対する公太の無力感、後悔を感じさせます。
あのとき、自分がサッカーに行かなければ。
あのとき、子猫を拾わなければ・・・自分が手伝なわければ。

01weather
でも、一番、悪いのは天気予報をはずした気象庁でしょうか。(・・・ゴメンナサイ。冗談です。 ^^;)

 

人は、何か不幸があったとき、そこに何の悪意がなかったとしても、自分の心の平穏を求めるために、原因を求めたがるものです。
01kouta05 本当は誰も悪くないはずなのに、麻衣を亡くした後悔から、その感情を子猫に向ける公太。


01kouta06でも、間違っているのは自分でもわかっているのか、直接手をくだすのではなく、雨の中、子猫を拾った公園のベンチに再び子猫を置き去りにしよう とすることで、苦しさから逃れようとする公太。せめて自分の雨合羽をかけてやるのが、赦して欲しいと思う心の表れでしょうか。

01momo01 そんな公太の前に現れ、迷いかねいところだった、麻衣の魂と、公太の心を救う死神のモモ。
01rainbow 麻衣の魂が天に昇るとともに、降っていた雨もいつの間にか止み、空に架かるは一筋の虹。それは公太の心にも似て・・・。

01momo03 モモが泣き虫なのは、「死んだ人は、もう泣けないので、代わりに泣いてあげるから」だというフレーズはなかなか良いです。
現実的にはそのとおりです。亡くなった人は、ただ安らかな寝顔を見せるだけです。

と、本当に丁寧に作っているという印象を受ける作品ではあります。
ただ、その分強いインパクトはなく、きちんと画面を見ていれば、かなりの情報量はありますが、地味に見逃してしまいかねないところがあります。

ところで、モモって名前は、やっぱり死神番号100100から百百で「モモ」ですか?(^^

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