蒼穹のファフナー RIGHT OF LEFT

今年最後が「舞乙HiME」では何なので(^^;)、「ファフナーSP」でも。
TVOの29日深夜の放送は不在で見れなかったので、TVQの昨晩30日深夜放送で見ました。

同じ平井久司キャラを使っても、どこぞのスペシャルと銘打ったラスト付けたしだけの番組とは大違い。
キャラを見分けるテクニックが必要なのは御愛嬌ですが。(^^;
まぁ、こちらは夏前から準備していたので、秋放送のTV製作終了後の企画と比べるってのも酷なのでしょーが。

さて、内容の方はTV版26話とセットで考えれば、80点以上の出来。
しかし、単体では30~40点です。
1時間(実質45分)では、設定や背景をぶった切るのは致し方なく、状況描写と心理描写だけでは、ファフナー初見の人には、何が何やらわからないストレスが溜まったことでしょう。
このSPを、画面で描かれた雰囲気だけに酔って、いい作品と言うのは嘘くさいです。
やはり2時間、せめて1時間半、映画なみの時間がもらえれば、というとこです。

それでも、限られた時間の中で、凝縮されたドラマを見せてくれたスタッフの力量には、素直に拍手を送りましょう。
特に、TV版でもそうですが、物語の全てを俯瞰した上で、何を描くべきかを描ききった沖方丁の脚本が頑張っていると思います。

何も知らない平和な日常から、突然つきつけられる極限状況。
竜宮島を守るという使命感は少年少女たちに覚悟を求めますが、闘うヒロイズムで誤魔化した気持ちが覚悟を後押ししていたことは否めないと思います。
その極限の闘いの中で、死んでいく者を見つめる事実、自分が消えるかもしれないという恐怖は、生きることを、闘うことを諦める気持ちに落ちても仕方ないことです。

でも、生きることを諦めた者には何者も守れない。

最初から死んでもいいと思っている者は、只の蛮勇で闘っているだけです。
誰かを守り、自分も生き残ること。それが生存への闘い。

しかし、運命は更に極限での選択を突きつけます。
自分が生き残りたい、助かりたいと思う気持ちは、すごく素直な感情です。
でも、それが守りたいと思うものを危険に晒すことになるとしたら・・・。
しかも、自分自身に残された時間は消えようとしている。

自己犠牲と賛美することは危険ですが、その選択が間違っているとは言えません。
守りたいものが残ること、誰かが生き残ることが、自分の魂が、想いが生き残ることであれば、との覚悟だから、その選択に涙するのです。

後味の悪いラストという見方もあるでしょうが、平和ボケした日本であっても、このような不合理な現実が、いつありえないとは言い切れません。
不合理な戦争から、まだほんの60年です。
世界には、不合理な現実は残されたままです。
たかが、アニメのドラマとはいえ、思考停止して感情の赴くままに見るのではなく、考えることを、感じることを提起してくれるなら、それに応える見方も、やっぱり必要だと思うのです。
もちろん、楽しむときは、とことん楽しむのは、ありですが。

実は、A~Cパートまでは、ラストに向けての状況が淡々と描かれているだけだったので、このまま終わってしまうのか?と思っていましたが、最後のDパートのドラマで、ついポロリときてしまいました。

TV版を見た後に、このSPを、また、このSPを見た後にTV版を見ることで、より深くドラマを感じることができると思います。

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